毒親

まるごと毒親 香辛料をたっぷり効かせて煮込んだその後

私が小学生の時に両親は離婚しました。父親は浮気相手と再婚するために出ていきました。

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私は一人っ子なので、母親と二人暮らしになりました。母親は命令ばかりしてきます。普通に話をしていても「ああしなさい」「こうしなさい」と命令してくるのです。

精神内科を受診

プライベートも侵害してきます。私の部屋に無断で入ってきてドアを閉めずに出ていくのです。

私の部屋のドアを開けっ放しにして常に監視状態です。私は過干渉を受け続けています。

 

私も社会人になって数十年後、会社のストレス診断がありました。

ストレス診断の結果、ストレス濃度が高いとのことで産業医との面談になりました。

産業医との面談で精神内科を受診してみるように言われました。

お金を借りれなくなってしまった

私は会社近くの精神内科に通院することになりました。うつ病と診断されました。

発達障害の検査を受けるとアスペルガー症候群と診断されました。

 

診断書を会社に提出するとしばらく休むように言われました。

その後、しばらく休んでいたのですが、うつ病が治らず、会社を退職することになりました。

 

無職、無収入になってしまい、カードローンでお金を借りて生活を続けることになりました。

すべてのカードローンでお金を借り続けてきましたが、カードの上限額がいっぱいになってしまい、お金を借りれなくなってしまいました。

一人暮らしすることになった

そして、知り合いに相談すると弁護士に相談するように言われました。

弁護士に相談すると生活を続けるために生活保護を受けることを検討するように言われました。

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役所に行くと世帯分離して母親と別居することで生活保護を申請できることを言われました。

親戚に相談すると不動産屋さん屋さんを紹介されました。

 

不動産屋さん屋さんからは、生活保護に理解のある大家さんが所有している賃貸物件紹介されました。

こうして、毒親である母親から離れて一人暮らしをすることになりました。一人暮らししてから生活保護を申請して審査が通りました。

障害年金を申請したら審査が通った

その後、弁護士に借金の相談をすると自己破産するように言われました。

自己破産を申し立てると、請求が止まりました。その代わりに持ち家である自宅が競売になりました。

 

競売になったので母親は強引に出ていくことになりました。母親は持ち家から賃貸に引っ越ししました。

そして、持ち家を空家にしました。翌年、競売物件は競落されて自己破産が終了しました。

 

その後、私は障害年金を申請したら審査が通りましたので生活保護は廃止になりました。

うつ病患者として、細々として生きている

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一人暮らしを続けてきましたが、食事、掃除、洗濯がまともに機能しない状態が続きましたので、結局、毒親である母親とその後、同居することになりました。

 

今でも、毒親にその後からも過干渉を受け監視される毎日を送っていますが、食事、掃除、洗濯は母親がしてくれるので、私の生活の負担は一気に減りました。ただ、うつ病患者として、細々として生きている感じです。

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 プロフィール

いろいろわかるブログ運営者

岡星 陽士

こんにちは、岡星 陽士(おかぼし はると)と申します。 元人事部として正社員、派遣社員、アルバイトとして働いた経験などを書いていきたいと思います。 現在は、40代のブログを書く人です。 一時期、世帯分離して自己破産したことがあります。 その後、再び母親と同居することになりました。 自分の今までの人生を書いていこうと思います。

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