毒親と離れて再出発を試みた私の体験談:幸せは手に入れられるのか?
毒親と離れることで幸せは得られるのか?
40代になって、やっと実現した一人暮らし。
長い間、親との関係に悩まされてきた私にとって、それは新しい始まりのはずでした。
しかし、「毒親から離れることで本当に幸せになれるのか?」という問いに対する答えは、簡単ではありませんでした。
確かに親の過干渉から離れ、自由な生活を手に入れることができましたが、私は幸せを感じることができませんでした。
その理由は、私が長年うつ病とアスペルガー症候群に悩んでいたからです。
この障害によって、食事、掃除、洗濯などの基本的な生活すら満足にできない状態でした。
一人暮らしを始めるきっかけは自己破産という厳しい現実からでした。
それまでに積み重なっていた住宅ローンやカードローンが、最終的に私の生活を圧迫し、選択肢がなくなった結果です。
子供時代の過干渉とその影響
私の生きづらさは、幼少期から始まっていました。
両親が離婚し、母親と二人で生活するようになった私。
しかし、その母親からの過干渉は、私の自立を阻むものでした。
母親は、私が自立することを恐れ、徹底的に私の行動を管理し、制限しました。
例えば、一人暮らしをしたいと何度も伝えましたが、「お前には一人暮らしは無理だ」と何度も拒絶され、自信を失うことになりました。
母の厳しい支配は、私が大人になっても続き、その影響で私は自分の力で物事を成し遂げることが難しいと感じるようになりました。
うつ病とアスペルガー症候群の診断
その後、20代で正社員として働き始めたものの、職場でのストレスと母親からの干渉により、精神的に追い詰められていきました。
ストレス診断を受けたところ、通常の基準を大幅に超えており、会社の産業医から精神科を受診するように指示されました。
診断結果は「うつ病」でした。そして、さらにアスペルガー症候群も発見され、私の労働能力は大きく制限されることになりました。
薬物療法を受けつつも、完全に回復することはなく、労働から離れることになりました。
自己破産と生活保護
会社を退職し、傷病手当金も終了した後、私は無職・無収入の状態になりました。
その時にはすでにカードローンの上限も使い切っており、生活は破綻していました。
友人に相談し、弁護士を紹介してもらい、最終的に自己破産の道を選びました。
持ち家は競売にかけられ、私は生活保護を受けながら新たな生活を始めることになりました。
生活保護を受けながらの一人暮らしは、想像以上に厳しいものでした。
経済的には最低限の安定があったものの、精神的には決して楽ではありませんでした。
母親との連絡が途絶えることはなく、その影響で心の自由を感じることはできませんでした。
再出発に向けた挑戦
その後、障害年金を申請し、受給が開始されると同時に生活保護は終了しました。
一人暮らしは続けていましたが、生活の基本である食事や掃除、洗濯が負担となり、うまくいかない日々が続きました。
結果的に、再び母親の元に戻ることを選ばざるを得ませんでした。
毒親から離れて得られたもの、そして失ったもの
一人暮らしを通じて得られたものは、母親の過干渉からの解放でした。
しかし、その代わりに精神的なサポートがなくなり、私は自分一人で生活を支える力が足りないことを痛感しました。
毒親から離れることで物理的には自由を手に入れることができましたが、精神的な負担や生活の困難さは依然として残っていました。
最後に:読者の方へ
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毒親からの解放:新たな人生を切り開くための第一歩
もしあなたが私と同じように、親との関係に悩み、うつ病や発達障害などで苦しんでいるなら、まずは自分を責めずにゆっくりと進んでください。
私の経験が、少しでもあなたの力になれたら嬉しいです。
毒親との関係に悩むことは簡単ではありませんが、少しずつでも自分のペースで自立し、前向きに生きていく方法を見つけられると信じています。
私のブログ「生き直すためのノート」では、こうした体験を通じて、同じような苦しみを抱える方々に少しでも寄り添えるよう、記事を発信しています。
これからも、自分のペースで再出発を続ける姿を共有していきますので、ぜひお付き合いいただければと思います。