毒親

本物の毒親改善計画 うつ病の始りは計画したときから始まる

私は一人っ子です。両親が離婚したのは小学生時代です。その後、生きる気力を失ってしまい、何度も壁に頭をぶつけました。

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勉強する気もなくしてしまい、成績は急降下してしまいました。

 
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小学生、中学生時代

小学生時代に家庭教師に来てもらうようになりましたが、どうも勉強に興味が持てず、苦痛でした。

家庭教師から、母親に「あなたのお子さんは、何を教えても頭に入らない。どうしようもない」と言っていたそうです。

 

小学生から中学生に上がっても成績は上がることはなく、むしろ、下から何番目みたいな感じでした。

高校受験の時期に担任の先生から普通高校に行けるレベルではないので、専門学校に行くように言われて、高等学校と専門学校が混ざっている高校に推薦で行くことになりました。

高校時代

簿記の勉強に身が入り、気が付いたら全経簿記2級を高校時代に取得することに成功しました。

高校に行きながら、デパート地下で食品の品だしアルバイトもしていました。

 

アルバイトの費用はテレビゲームを買ったり、ポケットベルを買ったり、当時珍しかった携帯電話を買ったりして散財していました。

 

母親はテレビゲームをしている姿が気に入らないのか、私がテレビゲームをしているのにコンセント類を引っこ抜かれて、窓からゲーム機本体を投げ捨てられたことがありました。

もう、混乱して発狂しました。しかも、窓からゲーム機を投げ捨てられた時、雨が降っていましたので、ゲーム機が壊れていないか心配でしたが、幸いにもゲームは普通に起動しました。

 

また、親は過干渉で私がやることなすこと、すべて反対するのです。

反対ばかりされて、本当に嫌でした。応援してくれることはなく、ネガティブなことばかりいって、私の人生を徹底的に邪魔されました。

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社会人時代

社会人になってからは給料が入る銀行口座を取り上げられて、私には毎月5000円の現金しか支給してくれませんでした。

稼ぎは20万円くらいあったのですが、もっと、働いてこい、もっと残業してこいと言ってくるのです。

 

働いて残業代を稼いで来いと言ってきて、母親は私の収入をあてにして、働きに出ることはありませんでした。

そして、正社員として働いている最中に同僚、上司、部下からパワハラを受けるようになってしまい、耐え切れなくなってしまい、退職願をデスクの引き出しに入れて逃亡退職しました。

 

それを聞いた母親はキレて、早く働いてこいと言ってくるのです。

私の気持ちを知らずに・・・。そして、私が無職になってから、母親はアルバイトをするようになりました。

 

毎日のように、ネチネチと、あんたが働かなくなったから、こうやって働かなくいけなくなった!

あんたのせいだ!と言うことを言われるようになりました。本当に嫌で嫌で仕方ありませんでした。

毒親でうつ病

その後、派遣社員として働いたり、アルバイトとして働いたりしていく中、アルバイトから正社員に転職することができました。

ところが、1年後に働く気力を失ってしまい、会社からストレス診断を受けるように言われて、ストレス診断で引っかかってしまい、産業医との面談になりました。

 

そして、産業医から精神内科を受診するように言われました。

産業医から精神内科を進められた理由などを先生にすべてを打ち明けると、うつ病と診断されました。

 

その後、うつ病になってしまい、働くことができなくなりました。

毒親と知ったのは、うつ病になってからでした。私は毒親によって、うつ病になりました。

 

ですが、母親は、まったく、うつ病になったのは、私のせいではないと断固として認めません。

私の人生は、一気に暗くなりました。毒親によってうつ病になってしまったのですから。とても苦しい、悲しい毎日を送っています。

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 プロフィール

岡星 陽士

いろいろわかるブログ運営者

岡星 陽士

こんにちは、岡星 陽士(おかぼし はると)と申します。 元人事部として正社員、派遣社員、アルバイトとして働いた経験などを書いていきたいと思います。 現在は、40代のブログを書く人です。 一時期、世帯分離して自己破産したことがあります。 その後、再び母親と同居することになりました。 自分の今までの人生を書いていこうと思います。

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