毒親

毒親あるある 親しみやすさが私たちのポリシーです

毒親あるあるについて、語っていきたいと思います。毒親とは私の母親です。私が小学生の時、両親が離婚しました。

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父親は浮気相手と再婚するために出ていきました。私は一人っ子なので、母親と二人暮らしになりました。

母親に給料口座を取り上げられた

母親は「ああしなさい」「こうしなさい」と命令してきます。

私の部屋にノックもせずに無断で入ってきます。部屋のドアは開けっ放しにしてきます。

 

トイレに行くとき、大?小?と聞いてきます。母親は支配的で過干渉です。

社会人になってから母親に給料口座を取り上げられました。母親に給料口座を取り上げられたので、念願の一人暮らしができなくなりました。

精神内科に通院

数年後、給料が振り込まれる銀行口座を返してもらいましたが、残高がありませんでした。

どこで使い切ったのか理解不能でした。100万円あったのが、なくなっていました。

 

完全に母親に私のお金を使いこみされました。数年後、会社のストレス診断がありました。

ストレス濃度が非常に高いことがわかりまして、産業医の面談がありました。

 

産業医と面談すると精神内科を受診するように言われました。精神内科に通院することになりました。

うつ病と診断されました。また、発達障害の検査を受けるとアスペルガー症候群と診断されました。

カードローンで生活

私は、人見知りが激しくて、勉強ができません。両親が離婚してから生きる気力を失い、勉強する気力を失いました。うつ病、アスペルガー症候群と診断されましたが、今に始まった話ではないと感じました。

 

会社からしばらく休むように指示されました。うつ病を治すための薬物療法を続けていましたが、うつ病は治らず、会社と相談して退職することになりました。

 

無職、無収入になってから、カードローンで生活するようになりました。すべてのカードローンの借り入れ上限額に達してしまい、生活できなくなりました。

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一人暮らしが始まりました

知り合いに借金の相談をすると弁護士に相談するように言われました。

弁護士に相談すると生活を続けるために生活保護を受けるように言われました。

 

役所に行きましたら、世帯分離して母親と住まいを別にしたら生活保護を申請できると言われました。

親戚に相談すると不動産屋さんを紹介されました。

 

不動産屋さんからは生活保護に理解のある大家さんの所有する物件を紹介されました。

こうして一人暮らしが始まりました。一人暮らししてから、生活保護の申請をして通りました。

その後、弁護士と相談して自己破産することになりました。

再び母親と同居

自己破産して持ち家は競売になりました。母親は持ち家から出ていくことになりました。

母親は賃貸に住むことになりました。その翌年、競売物件は競落されて自己破産は終わりました。

 

その後、障害年金の申請をしたら通りましたので生活保護が廃止になりました。

うつ病なので、食事、掃除、洗濯が出来ずに、引きこもり、生活が機能しなかったので、再び母親と同居することになりました。

生きる気力を失くしながらなんとか生き続けている感じ

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現在は私の障害年金と母親の年金で生活しています。

精神内科は1ヵ月に2回通院して薬をもらって、薬を飲みながら、日々、引きこもり生活を続けています。

 

親戚からは、母親と住むとうつ病が治らないから、再び一人暮らしをするように注意され続けていますが、一人暮らしが出来る状態ではないので、断り続けています。

 

毒親の母親によって、精神障害者となってしまい、社会的に機能しなくなりました。

これも毒親あるあるの一つかもしれません。今となっては、毎日、生きる気力を失くしながらなんとか生き続けている感じの日々を送っています。

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 プロフィール

岡星 陽士

うつ病患者の破産者の40代の独身未婚男

岡星 陽士

こんにちは、岡星 陽士(おかぼし はると)と申します。 元人事部として正社員、派遣社員、アルバイトとして働いた経験などを書いていきたいと思います。 現在は、40代のブログを書く人です。 一時期、世帯分離して自己破産したことがあります。 その後、再び母親と同居することになりました。 自分の今までの人生を書いていこうと思います。

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