毒親

特別な毒親と距離を置く週末

毒親と距離を置く方法や今まで試してきた方法について書いていきます。私自身、毒親と同居して40年以上経過します。

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一人暮らししたことあるのは2年程度です。毒親と距離をとることの難しさなど書いていきたいと思います。

目次

毒親とはどうやって距離を保てばいい? 子ども側からの適切な親子関係の築き方

毒親との距離の保ち方は難しいです。

一番簡単なのは物理的に一人暮らしするか、会社の寮生活をすることです。

 

子どもから適切な親子関係を築こうとしたら非常に時間がかかりますし、毒親それぞれの特製があるので、こうしたらいいという答えはありません。

 

私の経験上、毒親との距離のとり方は、ちょっと不機嫌目に、ずっとすごしています。

そうすることで、毒親は、気をつかってきます。

 

私は家庭内に置いては常に不機嫌にしています。そうすることで距離を保っている感じです。

非常にストレスです。

毒親は絶対に無理という

毒親は物事に対して絶対に無理と言います。

20代のころ、一人暮らしをしたいと何度もいいましたが、あんたには、一人暮らしは絶対に無理というのです。

 

やってみないとわからないことを、絶対に無理と決めつけるのです。

そうやって、毒親は子どもを逃がさないように囲うようにしてきます。

 

私は、毒親から逃げたくて逃げたくて仕方ありませんでした。

自立したい子どもの気持ちを平気で踏みにじってきます。

距離を置いている間に毒親が病気になったり亡くなる心配をしていまう

一人暮らしをしている時、心配しました。

毒親が病気になったりなくなってしまったらどうしようと・・・。

 

私は一人っ子、母親は父親と離婚したので、一人です。

お互いに一人暮らしをした時期があります。

 

離れている間、母親の心配をしました。病気になったら、誰が面倒みる?

亡くなってしまったら、どうするって心配してしまいます。

 

毒親と言えども親は親なので、なんだかんだ心配してしまう気持ちがわいてきます。

毒親の子どもに対する依存度や期待は高い

毒親の依存度や期待度は高かったです。常にお金を求められました。

学生時代は、いつも、いい大学に入って、いいお給料をもらってきてちょうだいと当たり前のように言われ続けてきました。

 

しかし、実際は、大学に入ることもできず、専門学校どまりでした。

いいお給料をもらえるような大企業ではなく中小企業に就職しました。

 

最初の会社なんて残業代ありませんでした。

だから、手取り16万円でした。母親から、どうやって生活していくの!!って毎月、責められていました。

 

残業しても残業代が出ないのですから、ブラック企業に就職してしまったのです。

母親は私の給料に依存していました。私なしでは生活が成り立ちませんでした。

毒親は介護は子どもがするものと思いこんでいる

母親は介護施設に入るのは絶対にイヤだと言っています。

老人ホームに入るのは絶対イヤだと言っています。

 

それは、常々言っています。私が面倒見てくれるものだと思いこんでいます。

だから、一人暮らしを認めない、会社の寮暮らしを認めないと言う感じです。

 

母親はワガママです。そして、他人とコミュニケーションが取れません。友達がいません。

だから、いつも自宅に引きこもってばかりいます。

 

私がいれば、それでいいみたいな感じで過ごしています。

私の障害年金をあてにして生きています。

 

母親は年金が非常に少ないので、一人で生活していける金額は支給されていません。

私の障害年金をあてにして、いつまでも寄生されています。

逃げることも一つの方法。第三者に相談した結果

第三者に相談したことがありました。

無職、無収入だった時、カードローンでお金を借りて生活をつづけていた時期がありました。

 

すべてのカードローンのお金が上限額に達してしまい、お金を借りることができなくなりました。

知り合いに相談すると弁護士に相談する様に言われました。

 

弁護士に相談すると生活保護を検討するように言われました。

役所に相談に行くと世帯分離して母親と離れて生活するなら、生活保護の申請ができることを教えられました。

 

親戚に相談すると不動産屋さんを紹介されました。

生活保護に理解のある大家さんの所有している物件を紹介されました。

 

こうして一人暮らしをしたことがあります。毒親から逃げることも一つの方法です。

第三者に相談することで、このように物事が大きく動くことがあります。

 

私は結果的に自己破産して、持ち家は競売になってしまい、母親は持ち家から出ていかざるを得なくなり、賃貸に引っ越ししました。

そして、持ち家が競売になって競落になって自己破産しました。

 

親子別々に暮らすきっかけが借金だということでした。

意図的に逃げたというより、逃げざるを得なかったという感じでした。

毒親からの卒業の落とし穴

一人暮らししていたころですが、毒親から卒業したとしても、結局、落とし穴はあります。

毒親と離れても、連絡はきますし、電話やメールはひっきりなしにきます。

 

毒親が突然、一人暮らしの賃貸に押し寄せてきたことがありました。

私の賃貸の合鍵を持っているので、無断で入ってきたこともありました。

 

結局、自宅で同居していた時と行動は何も変わりません。

同居していないだけで、毒親が生きている限り呪縛からは解放されません。

自分の意識の中で何が起こっているか

毒親に対する意識は憎しみです。

小学生の時に両親が離婚しました。

 

父親は浮気相手と再婚するために出ていきました。

両親が離婚してから憎しみは始まったのかも知れません。

 

私は生きる気力を失い、何もかもやる気をなくしました。

学校の成績は急落しました。みるみる成績は落ちてしまい、落ちこぼれになりました。

 

勉強のできない学生になりました。

友達とも遊ぶ気力を失いました。友達が減りました。

 

普通の家庭で育った同級生と遊ぶことができなくなりました。

父親がいないことがコンプレックスになりました。

 

母親と二人の生活が人生で最大のコンプレックスになってしまいました。

毒親から身を守るには、逃げること

毒親から身を守るために、逃げることは一つの方法です。

私は一人暮らしをしたことがありますが、その間は快適でした。

 

やっと母親から解放された気分でいっぱいでした。

ただ、電話やメールがきます。無断で合鍵を使って賃貸に来ることもありました。

 

それ以外は快適でした。私の場合、意図的に逃げたわけではありません。

借金が原因で弁護士に相談して生活保護を受けることを検討するように言われました。

 

役所に行くと世帯分離して母親と住まいを別にしたら生活保護の申請ができるとのことだったので、やむなく別居することになったような感じです。

 

その後、一人暮らしして生活保護の申請をして、自己破産をして、持ち家を競売にして競落されて自己破産が終わりました。

 

障害年金の申請を出して通過したので、生活保護を廃止して、障害年金のお金を頼りに生きています。

ただ、うつ病なので、食事、掃除、洗濯ができなくなってしまい、結局、母親と再び同居することになりました。

 

母親と住んでいる時は、それなりに快適でした。けど、結局、戻ることになって再び毒親の牢獄に入ることになりました。

毒親を認めてあげる

毒親を認めるのはとても難しいことです。

私が小学生の時に両親が離婚してしまいました。

 

父親は浮気相手と再婚するために出ていきました。

私に残ったのはさみしさと憎しみが残りました。父親を逃がした母親への怒りです。

 

父親への怒りです。小学生にして勉強する気力を失いました。友達と遊ぶ気力を失いました。

完全に生きていくという歯車が狂いました。私は一人っ子なので兄弟はいません。

 

母親と二人暮らしです。

そんな中、毒親を認めてあげると言うのは、よほど心の器が広くないとできないことです。

 

私は、心の器が広くないので、毒親を認めることがなかなかできません。

いつも、不機嫌な対応をしているだけです。自宅では不機嫌にしています。

 

そうすることで、毒親から逃げているのです。

認めることは簡単ではないです。無理にする必要はないと思います。

毒親へのメールや電話

毒親へは基本的にメールしません。

電話も、よっぽどの用事がないとしないようにしています。

 

毒親の機嫌取りのために電話やメールを使うことはありません。

伝えにくいことをメールで伝えるのもありかと思いますが、私は電話やメールは毒親宛に使うことはありません。

毒親から自由になること

毒親から自由になるということは、物理的に遠くへ引っ越しする方が一番いいと思います。

しかも、合鍵も渡さず、行方不明になることが一番いいと思います。

 

私は一人暮らししたとき、母親に住まいを伝えて、合鍵も渡しました。

だから、母親は何度も一人暮らしの住まいにくるし、合鍵を使って勝手に入ってくるし、みたいな感じでした。

 

プライベートも何もあったものではありませんでした。

毒親から完全に自由になるなら、行方不明になることが一番です。

毒親は、そんなこと言ってないわ、と言う

毒親は、私の言うことをすべて、否定します。

また、以前言ったことを平気で「そんなこと言ってないわ」と言います。

 

記憶障害かと思うくらいどうしようもありません。

私は徹底的に、「絶対言った!!」と、追求すると、母親はだんまりを決めてしまって無視されるようになります。

 

だんまりを決められたら、それ以上何もできません。

だんまりを決められて終わりです。毒親は都合が悪くなると、無視するようになります。

非常にタチが悪いです。

毒親との関係が良くなくてもいい

個人的には毒親との関係はよくなくてもいいと感じています。

私は、自宅にいるとき、常に不機嫌な状態でいます。

 

毒親から話かけられても、「はい」か「いいえ」くらいしか言わないようにしています。

それ以外、会話の話を拡げることもしませんし、質問もしません。

 

常に、心が狭い状態になってすごしています。

自宅にいるときは、非常に気分が悪いのですが、毒親と一緒に住んでいる限り、平和な家庭はありません。

 

無視しても都合が悪いので、「はい」か「いいえ」くらいしか言っていません。

それくらい毒親との人間関係は希薄にしています。

毒親からの過干渉に悩んだ学生時代

小学生の時に両親が離婚しました。

父親は浮気相手と再婚しました。私は一人っ子です。母親と二人暮らしです。

 

母親の過干渉は、すごかったです。父親がいないので、過干渉が全部私にきました。

父親が受けるべき過干渉が小学生の私に来たのです。私はツラかったです。

 

ただでさえ、両親が離婚したという悲しさと、父親が浮気をしていたという事実。

そして、父親は浮気相手と再婚したという事実。

 

受け止めきれずに、何度も自宅の壁に頭をぶつけまくりました。

現実を受け止めることができず・・・。

 

そんな中、追い打ちをかけるかのように母親からの過干渉。

ツラくてツラくてどうしようもありませんでした。

毒親の言動に我慢

毒親の言動に我慢しています。一言一句に我慢している感じです。

毒親と言えど、親は親です。親の言うことを聞くことも親孝行かなと思ったりします。

 

そう言い聞かせて、我慢しています。

毒親だから、言動に我慢しているというより、親だから、我慢しているという感じです。

母が毒親だと気づいたとき

母親が毒親だと気づいたのは、父親からの言葉からです。

小学生の時、両親が離婚しました。父親は浮気相手と再婚するために出ていきました。

 

数年後、父親と二人で会ったことがあります。

父親に離婚した理由を聞いたことがあります。

 

すると、母親は自己中心的で自分のことしか考えていないどうしようもない女性だということを聞きました。

父親の言うことはもっともだと思いました。

 

母親は父親をも毒す、毒親なんだと思いました。

私も母親と二人暮らしをしていて、同じ心境です。

 

母親は自分を中心に地球が回っているかのような発言ばかりします。

母親は自分中心で自分勝手です。

 

私はまだ母親とは親子だから耐えきれていますが、もし、父親のように血のつながっていない他人だったら、耐え切れないでしょう。

 

そういった意味では父親の言うことは理解できました。

母親はすでに毒親だったということを。

毒親とプライベートな話をすること

毒親とプライベートな話をすると、こうしなさい、ああしなさいと命令されてしまいます。

私はただ、話を聞いてほしいだけなのに、疑問を投げかけていないのに、命令するのです。

 

意味がわかりません。

他の人に同じ話をすると共感されるだけで、命令されることはありません。

 

毒親にプライベートな話をすると、なぜか命令されてしまうという意味の分からないことが起こります。

毒親の現状を知る

毒親の現状を知ることは大切なことだと思います。

私の毒親は年齢70代で年金暮らしをしています。

 

2ヵ月で10万くらいなので、月に5万円で過ごさないと行けない計算になります。

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母親は若い頃に全然働いていないので、年金収入も少ないです。

 

過去に私の給料だったり、障害年金を頼って生きてきました。

私の収入なのに、母親が横からコソ泥してくるのです。非常にタチが悪いです。

毒親の顔色をうかがう

いつも、毒親の顔色をうかがってしまいます。

なぜかわかりません。不機嫌になると、食事、掃除、洗濯をほったらかしにされます。

 

私は、自宅内では、ずっと不機嫌に過ごしていますが、母親はそれ以上に不機嫌になってしまうと、家庭内で何もしなくなります。話をしても無視されます。

 

毒親の顔色をうかがっていいことは、特にないのですが、小さい頃から顔色をうかがいながら生きてきました。

だから、実社会でも同じ行動を取ってしまいます。

上司の顔色をうかがって行動を決めるような他人に依存してしまいます。母親に依存してしまっています。

毒親から物理的に距離を置く

私は母親の元を離れて一人暮らしをしたことがあります。

物理的に距離を置くとやっぱり違います。過干渉にあわないくていいですし、顔色をうかがう必要もありません。

 

ただ、一人暮らしをしていましたが、母親は近所に住んでいましたので、毎日、電話が来たりメールが来たりしました。

 

合鍵を持っていたので、勝手に賃貸に来たりしていました。

物理的に距離を置いても、母親と同居していても、完全なるプライベートな空間にいることができませんでした。

 

本気で物理的に距離を置くなら、毒親に引っ越し先を言わない、合鍵を渡さない、音信不通になること、電話番号やメールアドレスを変えてしまわないと、毒親に構われます。

本気で縁を切ろうと思ったら徹底的な行動に踏み出す必要があると考えます。

自分の決断に責任を持つことも親孝行の一つ

一旦、毒親から離れようと本気で思ったら、決別しようと思ったら、思い切って行動することが大切だと感じます。

一人暮らしするための資金を貯めたり、電話番号、メールアドレスを変更するなど、連絡先を途絶えさせるのも一つの方法です。

 

私は一人暮らしをしたものの、住所、連絡先は伝えました。

しかも、合鍵も渡していました。

 

だから、勝手にアパートに入ってきましたし、電話やメールが普通に入ってくるような感じでした。

私は毒親と言えども縁を切るとまでは考えていないので、普通に過ごしていました。

 

もし、毒親と本気で切りたいなら、自分の決断に責任を持つことも大切だと思います。

親孝行は、毒親のそばにいて介護することだけではありません。

 

毒親の幸せを願いつつ出ていくことも親孝行の一つだと考えます。

毒親に理解されたいと思う

毒親に理解されたいと思って話をするものの、理解されることは、ほぼありません。

なぜか、日本語が通じないのです。他の人に話をすると通じる話も毒親に話をしても通じないのです。

 

不思議なことに。なぜか、同じ日本人ではなく宇宙人か異国人としゃべっているような感じと言いますか・・・。

ブラックホールにむかってしゃべっているような感じになってしまうのです。

 

毒親は子どもの言うことを聞く耳はありません。

理解する能力もありません。理解してもらおうとするだけ無駄です。おとなしくしておきましょう。

毒親が擦り寄ってきても戻らない。適当にあしらう

毒親は適当にあしらっています。私は、自宅にいる間はいつも不機嫌モードになっています。

「はい」か「いいえ」しか答えないロボットになっています。

 

毒親がすり寄ってくるときは、いつも、お金を貸して欲しいと言ってくるときだけです。

それ以外ですり寄ってくることがありません。

 

私にすり寄ってきているというより、お金にすり寄ってきているという感じです。

毒親にとって私は子どもではなくただのATMです。

毒親との外出や食事

毒親と外出したり食事することはありません。

外出しても、過干渉ですし、食事をしても過干渉ですし、はっきりいって、一緒に外出したいとも思いませんし、食事をしたいとも思いません。別行動を取るのが一番です。

毒親と会話は成り立たない

毒親とは不思議なほど、会話が成り立ちません。

他の人となら、あっさり会話が成り立つことでも、毒親と同じ話をしても、まったく理解してくれません。

 

土管の穴に叫んでいるような感覚です。

ブラックホールに言っていることが吸い込まれているような感じです。

 

宇宙人に話しかけているような感じです。日本語が通じず困ります。

実家への帰省

一人暮らししていたとき、母親の住んでいる実家に帰省したことがあります。

相変わらず、物が散らかっていて、なんだか居心地が悪い空間です。

 

実家に帰るとストレスでした。

もう、帰りたくないと思いました。そんな実家に今一緒に住んでいます。

 

リビングと自分の部屋以外は基本的には行きません。

行っても、しんどいだけなので・・・。毒親と一緒にいるだけで苦痛でたまりません。

毒親とのコミュニケーションは難しい

毒親とのコミュニケーションは難しいです。

何を言っても言葉が通じないです。日本語が通じないです。

 

普通の人に言ってもすぐに通じることが毒親に言うことで話が通じないのです。

不思議なことに宇宙人と話しているのではないかと錯覚を起こしてしまうくらいです。

 

毒親も主語が抜けてしゃべってくるので、何を言っているのかわかりません。

わからないと言うと逆ギレされてしまって、話が前に進みません。

毒親から距離を置こうとして毒親に攻撃されたとき

毒親から距離を置こうとして毒親に攻撃されたことは、何度もあります。

攻撃と言うと危害を加えられたイメージですが、そうではありません。

 

単純に反対してくるのです。

一人暮らししたいと言ったら、給料が振り込みされる銀行のキャッシュカード、通帳を取り上げられるのです。

私は無一文なまま社会人生活を過ごすことになりました。

 

正社員なのにお金がない。部下にもおごることができない。

同僚と一緒にご飯を食べに行けないといったことがありました。

 

母親はいつも手作り弁当を持たせてきます。

私の社会人生活の昼食はいつも母親の作る弁当ばかり食べて過ごしてきました。

 

周りからはマザコン扱いされました。母親の手作り弁当が私にとってコンプレックスでした。

毒親との心の距離を取る方法

毒親と心の距離をとる方法は、不機嫌になることです。

私はいつも不機嫌になって「はい」か「いいえ」しか答えないロボットとして生きています。

 

母親に何を言っても無駄です。話が通じません。

同居せざるを得ない状況で心の距離をとろうと思ったら、ある程度、言われていることを無視することも大切です。

 

無視気味にちょっと不機嫌な態度をいつも取っています。笑うことはありません。

ただ、生きる気力のない人間として自宅をさ迷っているだけみたいな人間になっています。

 

魂、どこにいったみたいな感じで過ごしています。

毒親が距離を置くことを批判してくる

毒親が距離を置くことを批判してくることがあります。

「なんでいまは、おとなしいの!?昔はもっと意見を言っていたくせに、最近、おとなしいやんか!?」と言ってくることがあります。

 

距離を置いていることを批判してくるのです。

もっと、毒親はなんらかの形でもいいからかまってほしいのだと感じました。

 

ですが、そもそもしゃべっても日本語が通じないのですから、何を言っても無駄です。

だから距離をとりたいのです。

毒親と距離を置くことに罪悪感を持たないことが大切

毒親と距離を置くなら罪悪感を持たないことが大切になってきます。

毒親を置き去りにすることで、病気になったら誰が面倒みるんだろうとか、もし、毒親が亡くなったらどうしようとか、いろんな心配がよぎると思います。

 

決別すると決めたら、腹を据えて一人暮らしなり、会社の寮暮らしをしたらいいと思います。

毒親も、収入がなかったらないなりに何とかしようと行動するはずです。

 

自分が心配する以上に、毒親は生きることに関しては執着心が強いので、放っておいてもなんとかなるでしょう。

 

私は、うつ病を発症しているので同居しています。

食事、掃除、洗濯ができないので、仕方なく母親と同居しています。

 

毒親と一緒に同居することは苦痛ですが、生き続ける意味では毒親と住んで我慢することも一つの選択だと考えます。

毒親が一人暮らししている家に押しかけてくる

一人暮らしを経験したことがありますが、毒親は合鍵を持っていたので、何度も、賃貸アパートに押しかけてきたことがありました。

非常に迷惑です。快適な空間だと思っていたのに、押しかけてくると同時に、自分には自由がないのかと何度も自問自答したことがあります。

 

毒親は悪気は一切ありません。

単純に合鍵を渡していたら、カチャカチャと鍵を差し込んで、平気で入ってきます。

プライベートな空間をアッサリ壊された瞬間でもありました。

毒親と距離を置いたら親が病んでしまうのではないかという心配をしてしまう

毒親と距離を置いて心配してしまうこともあります。

毒親が病んでしまうのではないかと心配してしまいます。

 

けど、実際に一人暮らししたことありますが、それは幻想でした。

毒親が病むことはありませんでした。

 

むしろ、毎日のように、お金がないと、同居していたときと変わらず、お金の悩みについて、永遠と電話やメールを使って語ってくるのです。

 

一人暮らしをしたのは2年くらいですが、その間に毒親が病気になることはありませんでした。

余計な心配をしてしまうだけです。

毒親と距離を置いて、自分の時間を取り戻したい

毒親と距離を置いて、一人暮らしを2年ほどしてきました。

自分の時間を取り戻したい気持ちが出てきて、普段からできなかったことをしたりしました。

 

一人暮らしをして夢だったゲーミングパソコンを買ってゲーム実況をしました。

しかし、数ヵ月で飽きました。自分のしたいことはなんだろう・・・って思い返してみると特別に湧いてこないのです。

 

むしろ、小学生の頃に両親が離婚してから、自分自身、生きる気力をなくしてしまいました。

ゲーム配信、ゲーム実況くらいしか思い残すことはありませんでした。

 

結局、ゲーム実況飽きたので、ゲーミングパソコン売りました。

一人暮らしをして、やったのはそれだけです。それ以外特別なことはしていません。

毒親といえども育ててくれた親だからという罪悪感がつきまとう

毒親と言っても、親は親なので育ててもらった恩があります。

一人暮らしをして自由を手に入れても、背後に罪悪感が付きまとう気持ちもありました。

 

一人暮らしをしたいからしたと言うよりせざるを得なかった状況になったので、一人暮らしをしただけなのですが、育ててくれた毒親と言っても、親には変わりないので、罪悪感と隣り合わせみたいな感覚でした。

 

私にとってかけがえのない存在、それが、親であり毒親でもあります。

母親の方が子供よりキレイにしているのが当たり前みたいな感じ

母親は清潔感があります。私は不潔です。

お風呂に入ったり、シャワーを浴びたりするのは1週間に1回程度です。

 

それ以外、全然できません。きれいになりたいと言う欲求がないのです。

両親が離婚してから、生きる気力を失ってから、清潔感もなくなってきました。

 

キレイにしようと思ったこともありません。

不潔でもなんでもいいみたいな感じです。毒親は清潔ですが、私は不潔です。

だから、毒親にいつも臭い、汚いとののしられます。

まとめ

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いつまでたっても毒親が主人公 理解されない私は不幸

現代人に不足しがちな母親と距離を置く方法

 

毒親と距離を置くにしても、様々な葛藤があり、様々な障壁があり、様々な気持ちが交差します。

私の両親は小学生の時に離婚しました。父親は浮気相手と結婚するために出ていきました。

 

私は一人暮らしです。母親と二人暮らしになりました。毒親になるとは思ってもみませんでした。

私が母親が毒親だと知ったのは30代になってからでした。

 

毒親の書籍を読んで、母親は毒親認定だと感じました。

そもそも、私が20代の時に一人暮らししたいと何度も言ったのに自立を阻害した時点で、この親は私の人生を応援してくれる人ではないと見切るべきでした。

 

しかし、育ててもらった恩もありますので、無為に一人暮らしをして引き離すことはできませんでした。

母親のことは好きではありませんし、愛してもいません。私は愛を見失いました。

 

愛する人もいませんし、好きな人もいません。両親が離婚した時点で生きることをあきらめてしまったからです。

 

毒親と距離を取るのが遅すぎました。

今は40代で母親と同居していますが、相変わらず、自宅にいたら、疲れますし、イヤな気持しかわいてきませんし、生きる気力がなくなってきますし、どうしようもありません。

 

うつ病、アスペルガー症候群を併発していますが、何とか医師から貰っている薬で取り持っている感じです。

これからの人生、どこで母親と距離を置くことになるのかわかりませんが、希望を捨てずに生き続けていきたいと思います。

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いろいろわかるブログ運営者

岡星 陽士

こんにちは、岡星 陽士(おかぼし はると)と申します。 元人事部として正社員、派遣社員、アルバイトとして働いた経験などを書いていきたいと思います。 現在は、40代のブログを書く人です。 一時期、世帯分離して自己破産したことがあります。 その後、再び母親と同居することになりました。 自分の今までの人生を書いていこうと思います。

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