毒親

毒親向けお気軽マザコン法

毒親に育てられた私はマザコンだと感じた点を書いていきます。私の両親は小学生時代に離婚しました。父親は浮気相手と再婚するために出ていきました。私は一人っ子なので、母親と二人暮らしになりました。今から考えると母親は毒親だったのです。

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それを知らずに今まで生きてきました。毒親と知ったのは、図書館の書籍を読んだりインターネットで毒親の存在が自分の母親とぴったり一致している部分が多かったので、自分の気持ちを整理整頓する意味でもマザコンになってしまった40代の私の真の姿を書いていきたいと思います。

毒親育ちの男性がマザコンと感じる理由

健常な家庭、父親と母親がいるところと比べると、私は明らかに毒親に育てられたどうしようもない人間だと感じることがあります。

特に会社に行くとき、いつも母親から弁当を持たされます。

 

20代を過ぎた男性が母親の作ってもらった弁当を食べていると言う劣等感を持っていました。

同僚は自分で弁当を作る人もいれば、外食で済ます人が多いです。

 

私の弁当を見て、いつも、「誰が作ったの?」と聞かれます。

私は「お母さん」と答えると、相手はちょっと引き気味な雰囲気になってしまいます。

 

「おいしそうだね」って言われますけど、私としては、同僚や先輩と食事したい気持ちがあります。

しかし、母親は節約のためと言って、昼ごはんの弁当を持たせるのです。

 

同僚は、「捨ててしまえば??」と言われたこともありますが、食べ物を粗末にできないので、捨てたことはありません。

むしろ、昼ご飯は同僚と食べに行って、夕食に弁当を食べて、帰ってきてさらに夕食を食べたこともあります。

 

毒親育ちのマザコンとしてのレッテルを貼られている気持ちが付きまとい、男としての自信はありませんでした。

毒親育ちの私は、こうやってマザコンになった

私が小学生の時に両親が離婚しました。

父親は浮気相手と再婚するために出ていきました。

 

私は一人っ子です。母親は過干渉になりました。

何かにつけて、私のやること、なすことを反対するのです。

 

私がやりたいと思ったことを反対して、自分の考えを押し付ける人間なのです。

私は数年後、父親と二人で会ったことがあります。

 

母親と離婚した理由を聞くと、自分勝手で、自分中心でどうしようもない女だったと言っていました。

それを聞いてすごく納得しました。私としては、父親の立場からして離婚して正解だったのだろうと思います。

 

ただ、私としては、離婚してほしくなかったです。

父親が不在になってから、母親の過干渉が半端ないからです。

 

それを止めてくれる存在である父親にはいてほしかったです。

私は母親の言うことを聞かないとうるさく言われることがわかっているので、もう逆らうのをやめました。そうするうちに、だんだんマザコン化してきました。

母親の操り人形になった毒親育ちである私

母親の言いなり、操り人形になりました。何を言っても反対されます。

逆に母親の言うことを素直に聞くと機嫌がよくなります。

 

毒親は自分の言うことを聞かないとヒステリックになって、すごくうるさくなります。

そして、私はストレスを抱えさせられます。

 

そんな母親と関わってきて、すごくストレスを抱えるようになってしまいました。

学校や会社が終わっても、自宅近くの廃工場で夜まで過ごしてから帰ることが多かったです。

 

帰って母親と一緒にいる時間が苦痛だからです。

だから、暗くなるまで廃工場で一人さみしく過ごしていることが多かったです。

 

自宅には私の居場所はありませんでした。母親の物がすべて、自宅を埋め尽くしている感じでした。

私が気に入ったおもちゃなどを買うと、全部捨ててしまいます。

 

自宅は母親のゴミ屋敷化していました。洗面所も風呂場も台所もテーブルの上も全部母親の物で占領されていました。

毒親育ちなので、母親に逆らえない

私は気が小さいので母親に逆らえませんでした。

逆らっても、不機嫌になってしまい、口を閉ざし、一切食事を作ってくれなくなります。

 

洗濯もしてくれなくなります。掃除もしてくれなくなります。

一回逆らうと、とことん不機嫌になってしまうのです。だいたい1週間くらいは。

 

だから、逆らうことのリスクが私にとって大きかったので、逆らうのをやめました。

逆らったところで、いいことが一つもないからです。

 

母親は私から言われたことに対して反省することはまったくありません。

むしろ、逆ギレされて、食事、掃除、洗濯をストップされて、とことん無視され続けてしまいます。

 

自宅の雰囲気が一気に暗雲に立ち込めてしまうのです。

毒親育ちの私は怒りを彼女にぶつけてしまう

恋愛していたころ、私は彼女に怒りをぶちまけていました。

恋愛していても、ネガティブな事ばかり言って、彼女を徹底的に困らせました。彼女を徹底的に泣かせました。彼女を徹底的に精神的に追い詰めました。

 

私は、常に母親から受けたストレス、フラストレーションが溜まった状態です。

その怒りのホコ先として、彼女に、思う存分ぶつけてしまうことが非常に多かったです。

 

ですから、恋愛しても3ヵ月も持ちませんでした。

長く恋愛が続いても3ヵ月くらいが限界でした。

 

社会人で言う研修期間まで持たないような感じでした。

どうしても、付き合ったら、女性をいじめたくなってしまうのです。まるで、母親に復讐するかのように・・・。

マザコンの方が楽な場合もある

マザコンの方が楽だと思うこともあります。

母親の言うことだけを聞いていたら、食事、掃除、洗濯をしてくれるからです。

 

だから、逆らわなければ、言うことを何でも聞いていれば円満な状態が続くのです。

そういった意味では、母親の操り人形になっている状態の方が楽だと言えます。

 

ただ、自分の本音を抑えている状態をずっと続けているので、ストレス、フラストレーションが、溜まりに溜まり続けます。

 

そんな怒りをぶつけるホコ先は、いつも爪を噛んだりして、肌を噛んだりして、自傷するようになってきてしまいました。

母親にトラウマを抱えています

母親にはトラウマを抱えています。

母親と二人暮らしすると、母親の言うことが絶対と言う感じだからです。

 

そもそも、自宅の中が母親の物に占領されており、むしろ、私のクローゼットの中も、母親の衣類がつるしていたりしました。

私は、さすがに、怒りました。なぜ、自分の部屋につるさないのかと。迷惑だと言ったことがあります。

 

しかし、母親は平然と衣類が多いから仕方ないでしょ!あんたの方が少ないんだから!

と言われて終わりです。

 

そもそも、毒親は片付ける気すらないのです。自分勝手なのです。自己中心的なのです。

だから、父親に逃げられるのだ!と思ったこともありましたけど、どうしようもありません。

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私ははずれの親から生まれてしまったと感じること

結局感じることは、毒親から生まれてしまった自分は、そもそも終わっているなと思います。

なんせ、小学生の時に両親が離婚してしまいました。

 

父親は浮気相手と再婚するために出ていきました。

私は一人っ子なので母親と二人暮らしです。自宅の物は母親の物で占領されています。

 

私の居場所はありません。自宅にいているだけでストレスしかありません。

だから、私は生まれた親元がそもそも失敗から始まっているものだと感じます。

 

外れを引いたとしても、それを今さら変えることもできませんので、どうすることもできません。

現実を受け入れるしかありません。

マザコンの私。実は愛情に飢えています

愛情に飢えています。ものすごく・・・。恋愛で彼女を抱いても全然満たされませんでした。

恋愛で愛情を満たされたことは一度もありませんでした。

 

他人の女性を抱いてもむなしい気持ちしかわいてきませんでした。

私は、父親、母親にいつまでも仲良く平和に三人で暮らしたかっただけです。

 

ところが、父親は浮気してしまいました。浮気相手と再婚するために母親と離婚しました。

その後、愛情が一切途絶えました。何度も泣きました。

 

泣いて泣いて泣き倒して、もうどうしようもなく、泣きました。

愛情がほしくて、ほしくて仕方ありません。ですが、父親は二度と戻ってきません。

 

浮気相手と再婚してしまったのですから。愛情を他人の女性に求めても、愛情は一切埋まりません。

二度と愛情に触れることの出来ない人間になってしまいました。

相手の家庭環境をよく観察することが大切です

私は、恋愛する気はありません。結婚する気はありません。

相手の女性を不幸にすることしかできないと感じているからです。

 

そういった意味では、相手の家庭環境を知ると言うのは非常に重要なことだと思います。

特に私の家庭のように両親が離婚したパターン。浮気して再婚するために離婚したパターン。

 

その中で育ってしまった子どもは、私のように愛情不足で性格がねじ曲がっていると思います。

そういった意味では、相手の家庭環境をよくよく観察したうえで、お相手とお付き合いする、結婚すると言う選択をするのは重要なことだと認識しています。

 

私には、どこにも居場所はありません。

だから、人生あきらめています。そんな男性と付き合わないように世の女性には気をつけてほしいと感じます。

毒親によって、うつ病になってしまい、自己破産してしまい、持ち家が競売になってしまった

これは、特殊なケースかもしれませんが、私は、うつ病になりました。

自己破産しました。持ち家が競落になりました。

 

正社員で働いている時、会社のストレス診断でストレス濃度が非常に高いことが判明してしまい、会社から産業医と面談するように指示されました。

 

産業医と面談すると精神内科に通院するように言われました。

会社近くの精神内科を通院すると、うつ病と診断されました。

 

また、小学生時代の通信簿を提出して、発達障害の検査を受診するとアスペルガー症候群と診断されました。

精神状態が崩壊寸前

私はすでに、働く気力がない状態に陥っていたので、そのことも伝えると、労務は極めて困難と診断されました。

診断書を会社に提出したら、しばらく休むように言われました。

 

傷病手当金を受けるように指示されました。

こうして、傷病手当金を受け取りながら薬物療法でうつ病の治療を続けましたが、むしろ、精神状態が崩壊寸前になってきてしまいました。

 

数ヵ月後会社と相談して自己都合退職となりました。

翌年、傷病手当金の受給期間が満了してしまいました。カードローンでお金を借りて生活を続けました。

 

しかし、すべてのカードローンが上限額に達してしまいました。

知り合いに相談すると弁護士に相談するように言われました。

 

弁護士に相談すると生活費を担保するために生活保護を受けることを検討するように言われました。

持ち家は競売で競落

私は、役所に事情を説明して生活保護について質問しました。

すると、役所から世帯分離して母親と離れて暮らしたら、生活保護の申請を受け付けると言われました。

 

親戚に不動産屋さんを紹介してもらい、生活保護について理解のある大家さんの所有する物件を紹介されました。

 

そして、強制的に一人暮らしがはじまりました。

一人暮らしをはじめてから生活保護を申請しました。

 

そして、生活保護者になってから再び弁護士の元に行くと自己破産するように言われました。

自己破産の申し立てをして、持ち家が競売になるから、自宅を空けるように言われました。

 

母親を強制的に自宅から追い出して、母親は賃貸暮らしになりました。

その後、持ち家は競売で競落されて、自己破産は終わりました。

 

私はうつ病の障害者なので、障害年金の申請をしたら、通過しました。

そして、障害年金を受け取るようになってから、生活保護は廃止になりました。

 

一人暮らしを続けてきましたが、食事、掃除、洗濯する気力がなく、どうしようもなくなってしまい、結局、母親の住む賃貸に同居することになりました。

 

再び毒親と住むようになりました。私は障害年金を受給して母親は年金を受給して二人で年金暮らしになりました。

まとめ

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毒親育ちのマザコンと付き合っても、いいことはありません。相手の家庭環境をきちんと観察してから、付き合うようにしましょう。

毒親育ちの男性(私のような人間)と付き合うと、いいことは何もありません。傷つき捨てられるだけです。私は何人もの女性を傷つけてきました。

心を傷つけて別れてきました。彼女に愛情を感じることはありませんでした。

愛情に鈍感になってしまうのですね。もう、愛情と言うものがわからなくなってしまっているのだと思います。

 

毒親育ちのマザコンと、関わってもいいことはありません。

マザコンだと付き合う前から知ることができたら、ただちに、つき合いを解消することをオススメします。

 

マザコンにつける薬はありません。どうしようもありません。ただの愛情不足です。愛情がわかりません。

愛情がわからない人間に人間を育てる資格はありません。

 

だから、マザコンは孤独死するに限ります。

あくまで、私個人的な見解なので、参考までにお願いします。

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 プロフィール

岡星 陽士

うつ病患者の破産者の40代の独身未婚男

岡星 陽士

こんにちは、岡星 陽士(おかぼし はると)と申します。 元人事部として正社員、派遣社員、アルバイトとして働いた経験などを書いていきたいと思います。 現在は、40代のブログを書く人です。 一時期、世帯分離して自己破産したことがあります。 その後、再び母親と同居することになりました。 自分の今までの人生を書いていこうと思います。

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